2026年6月 気になる地方自治トピックス
東日本大震災15年の「節目」に
東日本大震災から15年が過ぎた。災害関連死も含めて死者・行方不明者が2万2,230人に達した巨大・広域・複合災害は、岩手、宮城の津波被災地と、福島の原発被害地にそれぞれ過酷な日々を強いてきた。「単なる復旧ではなく創造的復興を」といわれた現場は、いまどうなっているのか。
津波被災地では復興事業に「区切り」をつける動きが進む。一方で、目の前に広がる復興の問題点、反省点が多く指摘され、将来に備える「事前復興」の必要性を全国の自治体に知らしめている。
原発被害地では住民の帰還が進まず、「復興のスタートラインにも立てない」と嘆く首長がいる。東電福島第一原発(1F)の廃炉作業は本当に完遂できるのか、除染土をどう処理するのか。この二つの問いへの答えが見えないため、地域の確かな将来像を描けない状態が続いている。
15年を一つの「節目」として、津波災害からの復興の中身を検証し、その教訓を共有するとともに、原発問題へのあるべき対応を考える。
<津波被災地>
■復興事業の「区切り」復興庁は「第2期復興・創生期間」が2025年度で終了したのに合わせて、岩手、宮城両県に置いていた復興局を、ことし3月末で廃止した。
自治体でも4月から、「復興」を冠した部署の改称・廃止した所が相次いだ。宮城県気仙沼市は震災復興・企画部、震災復興・企画課を、企画部と企画課に。同市議会で復旧・復興事業をチェックしてきた東日本大震災調査特別委員会もなくした。石巻市は復興企画部を企画部に改め、復興推進課、生活再建支援室を廃止。東松島市は復興政策部、復興政策課を、企画部、企画政策課にした。
全国の自治体からの被災地への応援職員の派遣も、岩手、宮城両県ではほぼ終わった。ピーク時の2014年には被災地全体で2,246人を数えていただけに隔世の感がある。名古屋市は岩手県陸前高田市へ15年間で延べ262人の職員を派遣。津波で職員の4分の1にあたる111人が犠牲になった街の復興を支えたが、3月末で最後の一人が撤収した。
■復興の評価と問題点
東日本大震災復興基本法は第2条「基本理念」に、「単なる災害復旧にとどまらない活力ある日本の再生を視野」に入れて、「二十一世紀半ばにおける日本のあるべき姿」をめざすことを明記。ほとんどが過疎地である被災地の復興に、人口が減りゆくこの国の街づくりの先進例になる期待を込めていた。
そのために、戦後初の災害復興のための増税が実施され、いまも続いている。復興特別所得税は2013年から、2.1%、25年間の予定で導入されたが、一部を防衛費増額の財源に切り替えつつ、35年間(2047年まで)に延長されている。法人税は12年度から原則2年、10%を付加。住民税も14~23年度、納税者1人あたり年1,000円を上乗せしていた。
2024年度までの復興に費やした税金総額は約32.5兆円(原発事故処理で東電が支払う分を除く)。国民1人あたりで換算すれば27万円に相当した。
復興庁によると、項目別で最も多かったのは防潮堤や高台移転などの「住宅再建・復興まちづくり」の約13.5兆円で、「産業・なりわいの再生」に約4.5兆円、生活支援などの「被災者支援」には約2.3兆円を使った。
で、結果はどうだったのか。
政府は「3.11」の復興の大きな特徴として、「復興の哲学を『国土の復旧』から『暮らしの再建』へ転換したこと」を挙げてきた。
阪神・淡路大震災では仮設住宅を供給すれば、そこから大阪などの職場に通い、生活を再建できる被災者も多かった。だが東日本大震災では住宅も道路も田畑も漁港も流され、「暮らし」を丸ごと再建する必要性に迫られた。「インフラを直せば復興は終わる」という現場ではなかった。
そのために、グループ補助金や被災者支援総合交付金などを新設した。とくにグループ補助金は政府の「私有財産に税金を投じない」という従来の大原則を変える画期的なものだった。事業者がグループを組んで再建する場合は、その費用の4分の3を補助する制度で、8道県の事業者延べ1万余りに、総額約5,300億円が交付された。この制度は形を変えながら、その後の大災害にも活用されている。
しかし、人口減少が加速する三陸沿岸での事業の再建は難しく、「少なくとも214事業者が倒産した」(朝日新聞調べ)という。
被災者支援総合交付金は、被災者の見守りやコミュニティーづくりの支援などのために2016年度から始め、総額約980億円を投じてきた。これも岩手、宮城両県では、ほぼ終了。今後は心のケア事業など最小限に絞られる。
■土建国家型の復興
津波被災地では、「土建国家ニッポン」を象徴する「ハード偏重」が目立ち、道路や防潮堤が次々に建設された。
道路は三陸道(青森県八戸市~仙台市、359キロ)をはじめ、もともと計画はあったけれど建設が進んでいなかった事業が猛スピードで進んだ。
三陸道は1987年に計画が閣議決定されたものの、「費用対効果が低い」ことを理由に先送りされることが多く、震災までの24年間に129キロしかできていなかった。
それが、大震災で一転、「創造的復興」を旗印に掲げた政府は沿岸部を縦断する三陸道だけでなく、内陸部と沿岸部をつなぐ岩手県宮古市~盛岡市(66キロ)、同県釜石市~花巻市(80キロ)、福島県相馬市~福島市(45キロ)の計4路線約550キロを「復興道路」「復興支援道路」に指定し、一気に工事を進めた。
4路線の事業費約1.8兆円は政府が全額負担し、2021年までに完成した。三陸道の所要時間は、八戸~仙台で3時間20分も短縮した。
防潮堤は岩手、宮城、福島の3県を中心に総延長約450キロが築かれ、1兆3,600億円を超す予算が投入された。
海が見えなくなる高さの防潮堤の建設には、住民から異論の出た地域も多かった。これに対し、宮城県の村井嘉浩知事は震災から15年を機に受けたインタビューで、「『目の前に海が見えるから、津波が来た時にすぐ逃げられた』『刑務所の中に入っているような感じがする』との批判はあったが、次に大きな津波が来た時に一人でも多くの命を救うために他県より1メートル高くした。反対意見も聞いてずっと議論していたら時間的に間に合わなかったと思う」と振り返った。
■「復興空き地」もできた
「二十一世紀半ば」を見据えたはずの復興は、街全体の再建を使命とする行政の「まちの復興」と、住民それぞれが暮らしの再建を急ぐ「ひとの復興」の間に、「時間のギャップ」がある現実に直面した。街を再生しても、住民が元通りには戻らない地域が続出している。
政府は宅地造成のために、浸水地をかさ上げして宅地などを造成する土地区画整理事業(区画整理)と、低地から高台に移る防災集団移転促進事業で合わせて、ざっと1兆円を投じた。
国土交通省によると、被災地全体で区画整理は728ヘクタールで実施された。そのうち、2025年末の時点で使われていない空き地は25%の181ヘクタールにのぼる。
規模の大きかった岩手県陸前高田市の今泉地区では、5.5~12.5メートルかさ上げし、約112ヘクタール(東京ドーム24個分)の土地を整えた。その費用約877億円は政府が全額負担した。同市は560戸、1,600人の住民が戻ると想定したが、事業完成までに約10年かかる間に住民の事情が変わり、現在は約250戸で約550人が暮らすだけ。事業費全体を戻ってきた住民で割ると、1人あたり約1億6千万円かかった計算になる。
区画整理は当初から、「過疎地の計画としては過大だ」との批判もあった。しかし、「多くの地域で戦後の高度経済成長型モデルから脱却できませんでした。最大の理由は『縮小では元気が出ない』という地元の切実な声が大きかったから」だと、東日本大震災復興構想会議の議長代理だった御厨貴・東大名誉教授は語った。
防災集団移転促進事業では1万2,522戸分の宅地が造成された。当初は「10戸以上」を制度の対象としていたが、住民側の強い要望で「5戸以上」に変更された。工事が早まる効果はあったが、多くの機能が集約された暮らしやすい街にはならなかった。ことし3月の時点で210戸分の空き区画も生まれている。
宮城県の村井知事は「結局、小さな集落ごとに土地を新たに造成してまちづくりをしなければならなくなった。涙を流しながら『元の場所に住みたいんだ』と言われたら、高層マンションに住むべきだとは言えない」と述べた。
15年にわたる復興について、復興庁の元事務次官の岡本全勝氏は率直に、こう振り返る。「大きく三つの問題がありました。一つは、防潮堤や堤防などのインフラの復元が、まちの復旧と切り離されて先行したこと。二つ目は、人口減少を前提としたまちづくりが十分にできなかったこと。三つ目は、小さな集落を個別に復旧してしまったことです」
■ハード偏重の要因
道路や防潮堤などのハード偏重の復興になった要因としては、2015年まで復興事業を全額国費で実施し、自治体の負担がゼロだったことも指摘されている。復興構想会議の議長だった五百旗頭真氏は後年、「自治体負担ゼロには驚いた」「これだけの大土木工事になるとは予期していなかった」と回想していた。
これに対し、初代復興相の平野達男氏は当時の事情を「自治体は1%の負担さえ無理だった」と振り返っている。「全額国費」への賛否はいまも分かれるだろうが、人口が減り、縮んでゆくこの国では、もしも同規模の大災害があっても、同じような政府負担はできそうにない。
もう一つ、ハード偏重の要因として、各地の復興計画づくりに多くのコンサルティング会社が関与した事実も見逃せない。毎日新聞の調べによると、津波被災地の岩手、宮城、福島の3県42市町村の6割はコンサルに頼っていたという。
自治体職員も多く犠牲になり、役場機能を喪失した町もあった大混乱のもとでは、やむを得ない事情があったのは確かだ。とはいえ、「コンサル任せ」が「過剰な開発」を招いた側面が否めないのも、また確かなことだ。
復興によって、多くの公共施設が生まれ変わった。それは当然、維持経費を膨張させている。関連死も含めて4,000人近い犠牲者が出た宮城県石巻市の場合、今後の維持管理や補修の費用として、2055年度までの間、年平均77億円を工面する必要がある。ピークは2044~46年度で、年300~400億円に達する見込みだという。
■教訓としての「事前復興」
「まちの復興」と「ひとの復興」のギャップの深刻さを踏まえ、災害が起きる前に復興の具体策を考えておく「事前復興」の計画づくりが必要だとの認識は広がっている。
集団移転先の候補地から埋蔵文化財が見つかったり、所有者の相続が登記されていない土地が続出して、事業に必要な同意を求めて職員が全国を駆け回ったりした経験のある宮城県南三陸町の佐藤仁・前町長は言う。「町民へ事前に話を入れて災害に備えられていたら、地域によっては2~3年復興を早められた」「計画のない自治体は、今すぐにでも作り始めるべきだ」
「3.11」がいま、全国の沿岸自治体に、「転ばぬ先の杖」といえる「事前復興」を迫っているわけだ。
高知県の西端の港町・宿毛市は、ことし3月に「事前復興まちづくり計画」を策定した。南海トラフ巨大地震で想定される最大25メートルの津波に備えて、被災して沿岸部に住めなくなったら、どこの高台に新たな住まいや店を集めるかなどを書き込んである。被災後は、計画に従って復興事業を進める、という。
既に2018年に町役場などを高台移転させた高知県黒潮町では、25年に計画を策定した。被災後は建設中の高速道路のインターチェンジ(IC)近くの高台に「新市街地」を造成し、住宅やスーパー、役場支所を移転させていく方針だ。「新市街地」は田んぼや山で、実際の移転に備えて町は地権者を調べている段階だという。
事前の計画が想定通りにできるかどうかは定かではないにしても、準備をしておくことの重要性に疑問の余地はない。だが、全国的に見れば、事前復興への取り組みの機運は高まっていない。都道府県を除けば、ことし1月時点で計画を策定しているのは29自治体で、全国の2%弱にすぎない。
要因としては、小さな市町村の職員不足を指摘する声が多い。ならば、都道府県が積極的に計画づくりを支援してゆく必要があるだろう。
■改めて新たな土地制度を
津波被災地の復興の教訓として、筆者はことしの『自治総研 1月号』に「大震災15年、新たな土地制度が要る」を書いたことを付け加えておく。
復興で多用された土地区画整理事業は、もともと10年単位の都市開発に向けた制度であり、確実に人が減る地域に不向きなのは明らかだ。「復興空き地」が生まれている現状に鑑み、過疎地の復興に適した土地制度を設けるべきだ、というのが主張の柱だ。
大災害に見舞われ、街ごと再建を迫られる事態に陥った際には、自治体が一時的に私有地の管理もできるようにするとか、定期借地権の柔軟な活用策を設けるとか、工夫の余地はあるはずだ。
発災直後には事態への「即応」が求められ、従来の法律の「特例」で対応することはやむを得ない。しかし、明らかに現場の状況と現行の制度との間に齟齬がある場合は、新たな制度を設けて対応する必要がある。阪神・淡路大震災が被災者生活再建支援法を生んだように、災害の教訓を生かす最終形は新たな制度をつくることだと考える。
<原発被害地>
■新住民も生まれているが福島県内のある町長は「15年」のインタビューで、こう答えた。
「住民は『店もなく町内で生活できない』と避難先から戻らず、事業者は『いまの人口規模では採算が取れない』と、店の再開を見送る。そんな負のスパイラルから抜け出せない。事故から15年も経っているのに、復興のスタートラインにも立てない」
月日の流れが、避難者の「帰れない」を「帰らない」に変えてしまっている実情は、帰還者の少なさが如実に物語っている。
そんななか、大熊町では避難指示が解除されて戻ってきた町民よりも、当時は住んでいなかった移住者の方が多くなっていることが話題になっている。東京圏の18歳未満の2人の子どもがいる世帯が避難指示区域の設けられた自治体に移住すると、一定の条件を満たせば最大400万円を支給する制度を、福島県が政府からの交付金などを財源に始めたことが大きい。各自治体はさらに支給額を加算したり、住宅取得費を補助したりと独自の支援を上乗せし、競い合っている。
「新住民」という芽が生まれているとはいえ、福島には原発爆発で放射能を浴びた土(除染土、除去土壌)の処分と、東京電力福島第一原子力発電所の廃炉という難題が横たわる。
■「除染土」を、どうするのか
除染土は双葉町と大熊町にまたがる中間貯蔵施設に、東京ドーム11個分、約1,400万立方メートルある。2045年3月までに県外に搬出することが法律に明記されているが、「県外搬出」は世の中に周知されているとは言い難いのが現状だろう。
政府は除染土の4分の3は放射性物質濃度が1キロあたり8千ベクレル以下だとして、全国の公共事業で再生利用する方針を打ち出している。環境省は22年末、そのための実証事業を埼玉県所沢市、東京都の新宿御苑、茨城県つくば市の国立環境研究所で行うと発表。大手建設会社などで作る組合が約5億4千万円で受注し、トラック数台分の土で芝生広場や花壇などを作る予定だった。だが、現地の反対運動にあい、事実上、凍結された状態にある。
対応を迫られた政府は25年8月に「福島県内除去土壌等の県外最終処分の実現に向けた復興再生利用等の推進に関するロードマップ」をとりまとめた。
そこには「霞が関の中央官庁9か所での利用について順次施工、分庁舎・地方支分部局・所管法人等への取組の拡大等を進める」「県外最終処分に向けて新たな有識者会議を設置し、除去土壌等の減容や最終処分に関して、専門的知見を活用して検討を行い、2030年頃の目指すべき姿として県外最終処分シナリオ・候補地選定プロセスを具体化し、候補地の選定・調査を始める」などと書いてある。
双葉町の伊沢史朗町長は、「除染土を町内の公共事業で再生利用してもいい」と公言し、再生利用への国民の理解を求めてきた。「福島第一原発でつくったエネルギーはすべて首都圏に送られていた。そういった背景も含めて理解を促すことで、皆さんで負担を軽減し合い、最終処分は達成できるのでは」との思いからだ。
福島県の内堀雅雄知事も、法律に明記された期限通りに政府が県外へ搬出する、という見解を繰り返している。
だが、政府の方針通り、除染土を全国の自治体が使うだろうか。政府が放射性物質濃度はすでに低くなっており、日常生活に問題はないと説明しても、全国各地にトラックで運んで行くのは容易ではないだろう。
原発の敷地内のタンクに保管していた「除染水」を海に放出したのとは事情が違う。海の生物は反対の声を上げないが、自治体にはそれぞれの住民がおり、多様な意向が存在する。
この現実を見据えて、ことし1月、福島県内のある首長経験者は筆者に対し、「結局、受け入れ先は見つからないだろう」との見立てを語った。そして、除染土は全国の問題ではなく、すでに福島県自身の問題なのだという認識のもと、「福島県内に置いておくしかない現実を認めて、政府から資金を引き出し、地域の再生に使うべきだ。それを言い出せるのは知事しかいない」と述べた。15年という時間の経過を実感させる発言だった。
ロードマップが示した、搬出先の候補地選びを具体化させる「2030年頃」まで、残された時間は決して長くない。
■先の見えない廃炉
3基の原子炉がメルトダウンした1Fの廃炉作業は疑問だらけだ。最難関の溶け落ちた燃料デブリの取り出しは、2021年着手の計画が3年遅れたうえ、開始したと言っても推計880トンのデブリのうち、試験的に約0.9グラムを採取しただけ。総量の10億分の1。1円玉の重さにも満たない。
政府と東電は「2051年までの廃炉完了」と言い続けているが、すでに多くの専門家が「あり得ない」と見ている。原子力規制委員会の田中俊一・元委員長も「できない」と指摘しているし、廃炉の助言をする原子力損害賠償・廃炉等支援機構(NDF)の更田豊志廃炉総括監も「もともと困難だ」と発言している。
早稲田大学の松岡俊二教授は、「51年完了を言い続けるのは無責任だ」と指摘し、デブリ取り出しは楽観的に見ても「70~170年かかる」と独自に試算している。
そして、廃炉の最終形は更地なのか、一部施設を残すのかすら曖昧な現状を批判しつつ、「無謀な目標の軌道修正もしない」のでは「福島は未来像をいつまでも描けません」と訴える。
取り出したデブリや放射性廃棄物の行き先も大きな課題だ。福島県はデブリを含む放射性廃棄物をすべて県外で最終処分するよう求めているが、最新の2019年版の工程表には、デブリは1F内の設備で乾式で保管すると書いてある。誰の責任で、どこに持っていくのか、どう保管するのか、あいまいなまま、ただただ「取り出す」と言い続けている。
松岡教授が代表の「1F廃炉の先研究会」は3月に、1Fに隣接する中間貯蔵施設に保管される除染土や焼却灰などを、デブリなど1Fからの放射性廃棄物と共に総合的に管理する可能性も検討すべきだと提言した。
そして、「言いにくいことですが、1F廃炉は100年単位の時間軸で考えるべき作業です」とした上で、①処理方法も決まっていない現状で高線量のデブリを取り出しても、持っていく場所はない②除染土の県外での最終処分も社会的受容度は低く、放射性物質濃度が下がっている土ですら受け入れが進んでいない、という現状を改めて指摘している。
■廃炉法の制定を
復興庁の事務次官だった岡本全勝氏もかねて、原発事故対応での政府の司令塔不在を問題視してきた。廃炉と汚染水対策は経済産業省、除染作業と除染土の中間貯蔵は環境省、避難指示解除は原子力災害対策本部で、損害賠償は文部科学省、帰還環境づくりは復興庁と錯そうしている。
この現状を改めるため、岡本氏は「東電福島第一原発事故復興基本法」の制定を提案している。骨子は「原発事故の収束と復興についての東京電力と政府の責任の明記」「行うべき作業(廃炉、避難指示解除、復興など)の全体像と計画の作成」「全体を統轄する大臣とこれを補助する組織」「予算と財源の措置」など。これによって、事故の収束と復興についての道筋を示して、住民と国民に安心してもらおう、と呼びかけている。
松岡教授も「廃炉費用は現在8兆円とされていますが、デブリを最終処分する費用は含まれていません。電気料金という形での国民負担が膨らむのは確実なのに、特に1Fの電力消費地だった首都圏の人々は、自分には関係がないと考える対象に無関心でいる『合理的な無知』にとらわれているように見えます。これを『合理的な関心』に変えるためには、1F廃炉法を制定し、国会審議で廃炉問題を『見える化』すべきです」と主張。その上で、福島県浜通りにある中間貯蔵事業情報センターや廃炉資料館を東京都内に設け、「我がことと考えてもらうことも必要でしょう」という。
■「安全神話」が復活している
「廃炉」が五里霧中であるにもかかわらず、政府は「原発回帰」に突き進む。折しも、原発の現場で「3.11」の反省が薄れている実態が明るみに出た。中部電力が浜岡原発(静岡県御前崎市)の地震想定データを操作、偽装していたのだ。多数の計算結果から都合のよいものを選んで、揺れを小さく見積もっていた。要するに、捏造(ねつぞう)であり、改ざんだった。
福島第一原発事故の東電幹部の刑事責任を問う裁判で、東電は事故前に高さ15.7メートルの津波が原発を襲う計算結果を得ていたにもかかわらず、対策をしなかったという驚愕の事実が明らかになった。こんな「安全神話」に胡坐をかいていたことなど、まるでお構いなしの有様だ。
しかも、不正は中部電力の内部告発で発覚しており、原子力規制委員会の審査で見つかったものではない。同委員会の審査の限界があらわになった形なのだ。
中部電力は浜岡原発に20メートルを超える防潮堤を築くなど、再稼働に向けて相当な資金をつぎ込んできた。だからこそ、現場は「早く再稼働させないといけない」「費用を抑えなければいけない」と考えたに違いない。このような「動機」は、ほかの電力会社の原発にもあるのではないか。それなのに、他の原発の資料を調べ直したり、電力会社から元データを提出させて地震動を再現計算したりすることもない。
15年前なら、こんな原子力規制委の対応は通らなかったはずだ。いま、私たちは「安全神話」が復活している現実を目の当たりにしている。自分には関係がないと考える対象に無関心でいる『合理的な無知』を体現しながら。
参考資料
【朝日新聞】
●津波被災地関連・2026年2月10日「東日本大震災学ぶ施設訪れる人、頭打ち傾向 財源縮小で活動岐路に」
・2026年2月11日「震災、避難する、生き抜く 21世紀減災社会シンポジウム『津波から命を守るために』」
・2026年2月20日「消える『復興○○課』 震災15年の節目」
・2026年3月5日「(東日本大震災15年)復興予算 32.5兆円、どこからどこへ 活用後も厳しい再建、それでも前へ」
・2026年3月5日「まちづくり『予算抑えるべきだった』宮城・村井知事語る震災15年」
・2026年3月7日「(東日本大震災15年)被災者見守り、15市町村終了」
・2026年3月11日「災害公営住宅の自治会支援が縮小 コミュニティーは維持できるのか」
・2026年3月11日「(東日本大震災15年)被災後の姿、直視するまち」
・2026年3月12日(交論)「あの日から、考えてきた(御厨貴さん、金菱清さん)」
・2026年3月14日「『仮設住宅ができても暮らせません』官僚を動かした被災者の言葉」
・2026年3月14日(社説)「津波被災地の復興 一人ひとりの歩みをより前へ」
・2026年3月17日「震災15年で交付金大幅減 自立し活動続ける団体、軸足は街づくりに」
・2026年3月23日「震災15年、他県からの応援職員は大きく減る 福島は『災害は継続』」
・2026年3月23日「発災直後から15年間紡いだ絆 名古屋から陸前高田へ最後の派遣職員」
●原発被害地関連・2025年4月22日「福島県外での除染土再利用事業、環境省が終了 反対で運び込めず」
・2026年2月28日「原発再稼働、賛成51% 反対35% 東日本大震災15年 朝日世論」
・2026年3月9日「原発事故から15年を語る 除染土利用『理解を』伊沢史朗・双葉町長」
・2026年3月9日「(東日本大震災15年)原発 51年までに廃炉、多難の道」
・2026年3月10日「(東日本大震災15年)欧米の原発事故、学ばなかった日本 福島第一の教訓と対策、更田前規制委員長に聞く」
・2026年3月11日「福島、なお残る帰還困難区域 岩手・宮城、国の支援区切り」
・2026年3月11日(インタビュー)「原発事故、福島から考える<地域活動家・小松理虔さん>」
・2026年3月12日「15年前の事故と重なる浜岡原発不正 巨大地震の震源域で越えた一線」
・2026年3月12日「(東日本大震災15年)福島はいま:上 癒えない孤独、故郷は遠く」
・2026年3月13日「(東日本大震災15年)福島はいま:下 人がいない、店も戻らない 広がる更地、負の連鎖」
・2026年3月13日「『合理的な無知』福島第一原発、示されぬ廃炉の姿 無謀な目標維持は『地元への背信』」「1F廃炉の先研究会・松岡俊二代表に聞く」
・2026年3月21日「新住民の6割以上が40歳未満 原発被災地・大熊町が選ばれる訳とは」
【毎日新聞】
・2026年3月20日「コンサルが地域の声を聞き、視察も… 頼らざるを得ない事情」
・2026年3月24日「『我々は黒衣』 URが引き受けた復興『開発』事業の期待と憂い」
・2026年3月29日「『年270万人で復興加速』 コンサル委託の道の駅計画は妥当か」
・2026年3月30日「『コンサル任せ』と言われた町 自力で計画を作るようになるまで」
・2026年3月31日「地元主導で描けない『大きな絵』 復興も地方創生もコンサル頼み」
【読売新聞】
・2025年3月11日「原発事故の除染土最終処分場の受け入れ、5県が『条件次第で検討の意向』」
【河北新報】
・2026年3月31日「増えた公共施設 膨らむ維持管理費 懸念」
『自治実務セミナー』(2026年3月号)
・東野真和(朝日新聞釜石支局長)「32.5兆円を検証する」(一評)
『月刊ガバナンス』(2026年3月号)
・飯考行(専修大学法学部教授)「東日本大震災15年 ― これまで、そして、これから 東日本大震災が災害の法的対応に及ぼした影響」