「地域社会圏」としての再開発のあり方
全国で市街地再開発計画の見直しが相次いでいる。背景には中東情勢による建設資材価格の高騰や人件費の上昇などで、当初想定した事業費では採算が合わない状況がある。
これらの事業の多くは、民間開発と公共施設やインフラの整備を一体的に行うのが特徴である。この手法は事業者にとって公共施設等の整備による公的助成や容積率の緩和を受けられるため、建設費用の負担軽減や建物の高層化による事業収益の拡大などが期待でき、地元の地方自治体にとっても財政負担を抑えながら公共施設や都市基盤の充実がはかれるため、公共性と営利性が両立する開発手法として活用されてきた。
しかし、建設費の高騰はこうした再開発のあり方に疑問を投げかけている。その象徴が中野サンプラザ(以下「サンプラザ」という)を含む中野駅北口駅前エリアの再開発である。
2024年7月、大手の開発事業者は、同エリアにおいて2029年度の完成を見込み、総事業費2,639億円、7千人収容のホールと商業施設や公共施設、集合住宅などを含む地上61階の高層ビル事業の認可申請を行った。この事業において中野区は区の出資会社からサンプラザを取得した上で旧区役所とあわせた敷地を事業者に売却し、その転出補償金を新庁舎の建設費に充て、あわせて権利床(地権者に与えられる建物の床や敷地)として子ども遊び場施設やコンベンションセンターなどを保有する計画を立てていた。ところがその直後、建設費の高騰により事業費が900億円増加することが明らかとなり、事業の採算性から建物をツインタワーとし、住宅の割合を当初の4割から6割に増す代替案が示された。これに対し区議会や区民から公共空間の規模や機能を後退させた「タワマン化」との厳しい批判が噴出し、酒井区長は2025年3月に計画を白紙にすることを表明した。
中野区のケースは、建設費の高騰をきっかけに「まち」に何が必要かという公共性の視点よりも、事業を成立させるために何を建てるのかという営利性が優先される事業に変質した例であり、公共性をともなう大規模再開発の限界が垣間見られる。今後、建設費が高止まりするなかで、各地の再開発で採算性確保のため建物の高層化が進めば、周辺地域との「まち」の一体性がさらに希薄となり、そこで生み出された公共施設や公共空間は開発エリア内で完結する閉じた公共性となりかねない。
建築家のノーベル賞といわれるプリツカー賞を受賞した山本理顕氏は「地域社会圏」という考え方を提唱している。住宅を一つの家族だけに閉じた空間として捉えるのではなく、住居、仕事、商店、共有空間などと緩やかにつなぎ、人々が地域社会に関わることのできる空間をつくろうという発想である。市街地再開発になぞらえれば、開発地域において所有、管理される空間だけを「公共」と考えるのではなく、人々の生活の中から公共的な空間をつくり直そうとする思想ともいえる。
その実践例の一つが下北沢である。小田急線の地下化によって生まれた線路跡地の活用をめぐり、2011年に就任した保坂・世田谷区長が住民、行政、事業者間のラウンドテーブルを設け、2014年から定期的な議論を重ねおよそ5年をかけて具体的な開発計画を決定した。その開発は巨大な商業施設の建設ではなく、小規模な店舗、住居、保育施設、宿泊施設、広場など、住民生活に身近な施設を配置するもので、「BONUS TRACK」というエリアは、職住一体によるコミュニティ形成を狙った代表例である。開発に関わった小田急は、こうした開発のあり方を開発事業者がまちを変えるのではなく、住民の価値や想いをサポートする「支援型開発」と表現している。
もちろん、こうした下北沢と中野駅前のような市街地再開発は単純には比較できないが、少なくとも巨大な建物を建て、土地の効率的利用をはかる再開発以外の可能性を示唆している。
8月21日に中野区が区議会に示した再整備事業計画の骨子によれば、土地の売却は見送り、定期借地権の活用、3千人規模のホールへの縮小、住宅は延べ床面積の5割以内という方針を示し、有識者会議を立ち上げ来年2月の再整備計画の改定を目指している。この間、市民団体が立ち上がり、サンプラザ存続を含むまちづくりを考える動きも見られるが、区は解体の既定路線を変えない方針である。事業者が「つくる」から住民が「育てる」まちづくりへのあり方が問われている。