モビリティ時代の個人住民税
石破前内閣の地方創生2.0基本構想にもとづき関係人口の規模や関係性を可視化する仕組みとして、2026年度よりふるさと住民登録制度(以下「登録制度」という)が創設され、特別交付税による財政支援が講じられる。総務省が検討している制度案によれば、観光や帰省などで一時的に地域を訪れる人向けの「ベーシック登録」と二地域居住を含め、地域に積極的に関わりを持つ人向けの「プレミアム登録」があり、後者は登録の上限を3団体、地方自治体(以下「自治体」という)が指定する担い手活動の実施を年3回以上行うなどを要件として、費用面などでサポートすることを想定している。この登録には総務省が開発中の専用アプリを用いる必要があり、政府のDX推進に関係人口まで網をかけ、地方創生に動員する意図がうかがわれることから制度の評価には慎重を期すが、住民をより広いかたちで捉えようとする試みとしては注目に値する。
コロナ禍を経て、インバウンドの回復、人手不足を支える外国人労働の促進、リモートワーク普及をきっかけとする二地域居住への関心の高まりなど、内外の人々の移動が活発化するモビリティ時代を迎えている。今回の登録制度もその流れに実効性をもたせる取り組みであるが、こうしたモビリティ時代が進展すればするほど自治体課税、とくに個人住民税の課税が既存の考え方では対応できなくなる可能性がある。
租税論からいえば、個人住民税は納税者の住所地(住民票を置く都道府県、市町村)の自治体が課税する住所地課税主義にもとづいており、住民がその自治体の行政サービスを受けることに対する応益負担の考え方に依拠している。言い方を変えれば定住人口の行政サービスを前提とする税負担の性格をもっている。ところが地域の人口をはるかに上回る観光客が訪れたり、季節労働で一定期間だけ滞在したり、前述のプレミアム登録のように住所地と居住地が異なる生活様式などが広がれば、定住人口以外の流動的かつ一定の規模の財政需要が発生することになり、住所地、居住地、応益負担の同軸性にブレが生じ、従来の原則論では課税が困難な状況に直面する。
最近の自治体課税の動向をみると、こうした流動人口への税負担を求める取り組みが散見されるようになった。例えばインバウンドの増加にともない導入が拡大している宿泊税は、観光施策に使途を限定する「法定外目的税」として宿泊客に課税するものである。また、広島県廿日市市の宮島観光税は安芸の宮島への訪問者がもたらすごみ処理や景観保全などの追加的な行政コストについて「原因者負担」を根拠に、使途を定めない「法定外普通税」として課税している。このほか、一定期間居住している外国人労働者が出国する際の個人住民税の徴収については、1月1日の住所地となる自治体が出国の時期に応じて一括徴収したり、事業者を納税管理人(納税者が指定)として納税を代行させたりする仕組みがある。
これに対し二地域居住等については、以前から政府などにおいて自治体間で個人住民税を分割する議論が行われてきたものの、2007年の総務省における「ふるさと納税研究会」の報告書において、住所地以外の自治体に個人住民税の課税権を法的に位置付けることが難しいこと、住所地以外の自治体と居住者との受益と負担の関係を説明することができないことなどを理由に否定的な結論が示され、以来、目立った議論の進展はない。
登録制度創設を提言した政府の「新しい地方経済・生活環境創生会議」では、ある委員から登録制度の導入とともに個人住民税の分割納税や地方交付税算定への活用が提案されたが、結局議論の俎上にのることはなかった。政府は登録制度を地域活性化や担い手不足の解決策として直ちに活用したいのだろうが、それよりも「住民」の概念を広げ複数の自治体がどのように関係性を築きその住民を支えていくのか、また、そのための税財政制度をどのように再構築するのかといったモビリティ時代の行財政のあり方を議論することが必要である。
登録制度を税財政制度と結びつけると自治体間の登録競争を招き「カラ住民」が増加するという指摘もあるが、分割納税の代替策で採用されたふるさと納税の返礼品競争の混乱をみると、改めて分割納税の可能性を議論する余地はあるのではないだろうか。